はじめに

フロネーシスへの澪標へようこそ

ご挨拶

はじめまして。
身を尽くし系の弁護士です。

このブログは、私が日々考えていること、これから考えていきたいこと、そして、これまでどのようなことを考えながら歩いてきたのか。その軌跡を、少しずつ描いていくための場所です。

名前は、**「フロネーシスへの澪標」**としました。

少し気取ってみました。
自分で名付けておきながら、初見では若干読みにくい。ブログ名として大丈夫なのか、という疑念も、もちろんあります。ありますが、船は出してしまったので、このまま漕いでいきます。

聞き慣れない言葉も含まれていると思います。
私自身、日常会話で「昨日、フロネーシスが足りなくてね」などと言ったことはありません。言ったら、たぶん少し距離を置かれます。

そこで、まずは備忘録も兼ねて、この名前に込めた思いを書いておきます。


「フロネーシス」とは何か

「フロネーシス」とは、古代ギリシア語で φρόνησις / phrónēsis と書きます。
一般には、「実践的知恵」や「よく生き、よく行為するための判断力」などと訳されます。

ただ、日本語の「知恵」だけでは、少し薄いようにも感じます。

フロネーシスとは、単に物知りであることではありません。
頭の回転が速いこととも、少し違います。
本をたくさん読んでいることだけでもありません。

むしろ、現実の複雑な状況の中で、何が善い行為なのかを見極め、それを実際に選び取り、行動に移していく力。
そういう意味での「実践知」です。アリストテレスさんが言ってました。

弁護士の仕事は、机の上だけでは完結しません。

目の前には、悩みを抱えた依頼者の方がいます。
その話を聞き、事実を整理し、法律を調べ、証拠を集め、交渉し、必要であれば裁判で主張する。
その一つ一つの場面で、「何が正しいか」だけでなく、「この状況で、何を選び取るべきか」を考えなければなりません。

法律の知識はもちろん必要です。
けれど、それだけでは足りない場面があります。むしろ法律だけで解決するようなことは稀です。なぜなら、相談に来られる方々それぞれの航路があるからです。

正解が一つに決まらない局面。
依頼者の気持ち、相手方との関係、将来の生活、費用、時間、感情の負担。そしてこれからの人生をどう進んでいきたいか。
それらを踏まえながら、どの道を進むのかを考える必要があります。

そのときに求められるものが、私にとっての「フロネーシス」です。


とはいえ、私はまだ航海中です

もっとも、そのようなフロネーシスを私が十分に備えているかというと、決してそのようには言えません。

むしろ、日々の実務の中で、迷い、考え、反省し、また考える。
その繰り返しです。

そこで、このブログでは、もう一つの言葉である**「澪標」**を大事にしたいと思っています。

澪標とは、船が通る水路を示す標識です。
水面の下には、浅瀬があり、見えない流れがあり、船底を傷つける危険もあります。
その中で、ここを通ればよい、こちらへ進めばよい、と示してくれる目印が澪標です。

私自身、まだまだ浅学菲才の身です。
数十年の大ベテランというわけではありません。
かといって、弁護士になったばかりというわけでもありません。

ここまで進んできた航路があります。
これから向かっていきたい進路もあります。

ただ、その進路は本当に善いものなのか。
自分は、フロネーシスへと向かえているのか。
その手がかりとして、私はこのブログに、小さな澪標を立てていきたいと思っています。


依頼者とともに進む小舟として

弁護士の仕事は、一人で気ままに海へ出るものではありません。

その小舟には、多くの場合、依頼者の方が乗っています。
あるいは、これから乗ろうとしている方がいます。

どこへ向かうべきか。
その目的地は本当に望ましいのか。
その航路は安全なのか。
途中に危険な浅瀬はないか。
風向きはどうか。
潮の流れはどうか。

そうしたことを一つ一つ確認しながら、船を進めていく必要があります。

ときには、まっすぐ進めないこともあります。
遠回りに見える航路を選ぶこともあります。
いったん錨を下ろして、状況を見極めなければならないこともあります。

それでも、依頼者の方が少しでもよい場所へたどり着けるように、身を尽くして考え、動く。
このブログでは、そのような日々の思考の跡も、できるかぎり言葉にしていきたいと思っています。


このブログで書いていきたいこと

このブログでは、主に三つのことを書いていく予定です。

一つ目は、弁護士実務についてです。
離婚、相続、交通事故、債務整理、契約トラブルなど、日々の法律相談や事件処理の中で考えることを、できるだけ分かりやすく整理していきます。

二つ目は、法律と他分野の接点についてです。
法律は、条文と判例だけでできているわけではありません。
心理学、社会学、哲学、経営学、言語学、教育学など、さまざまな分野とつながっています。
むしろ、現実の紛争は、法律問題であると同時に、人間関係の問題であり、感情の問題であり、社会の仕組みの問題でもあります。

三つ目は、法律を学ぶことについてです。
司法試験や法学学習に限らず、法律をどう理解し、どう使える知識にしていくのか。
その学び方についても、考えていきたいと思っています。

要するに、法律実務の水路を進みながら、学問の流れにも少し船を出し、ついでに学習方法の港にも寄る。
そんなブログになる予定です。
寄港地が多いので、迷子にならないように気をつけます。


後進の方々への、ささやかな目印として

一人の弁護士が、小舟で漕いでいる姿をお見せすること。
それが、もしかすると、これから法律を学ぶ方や、若い実務家の方々にとって、ささやかな澪標になるかもしれません。

ここまでお読みいただいた方は、私の立てる澪標は、立派な灯台でなさそうなことを感じていただけるでしょう。
遠くからでも見える巨大な光ではなく、流れの中にぽつんと立つ、小さな目印のようなものです。

それでも、先人たちが築いてくださった航路を受け継ぎながら、私もまた、自分なりの手作りの澪標を立てていく。
その積み重ねが、誰かの思考の助けになればうれしく思います。

法律実務の中で考えたこと。
本を読んで考えたこと。
依頼者の方と向き合う中で、言葉にしておきたいと思ったこと。
学びながら、迷いながら、それでも少しずつ進んでいく過程。

このブログは、その記録です。

風を読み、水の流れを見ながら、今日も小舟を進めていく。
そんな場所として、**「フロネーシスへの澪標」**を始めていきます。

どうぞ、よろしくお願いいたします。